10 best films 2004
10 best films 2004
毎年恒例、と言っても初めてだが自分の中で。2004年に見た劇場公開作から。五十音順。
- 『ヴィレッジ』 (M.ナイト・シャマラン, The Village)
- 『珈琲時光』 (侯孝賢,Kôhî Jikô)
- 『ジェリー』 (ガス・ヴァン・サント,Gerry)
- 『スパイダーマン2』 (サム・ライミ,Spider-Man 2)
- 『ドーン・オブ・ザ・デッド』 (ザック・スナイダー,Dawn Of The Dead)
- 『ドリーマーズ』 (ベルナルド・べルトルッチ,The Dreamers)
- 『マスター・アンド・コマンダー』 (ピーター・ウィアー,Master And Commander: The Far Side Of The World)
- 『ミスティック・リバー』 (クリント・イーストウッド,Mystic River)
- 『息子のまなざし』 (ジャン=ピエール&リュック・ダルテンヌ,Le Fils)
- 『16歳の合衆国』 (マシュー・ライアン・ホーグ,The United States Of Leland)
『ヴィレッジ』・・・「やつら」と呼ばれる怪物が劇中盤であっさりとその姿をみせてしまうという愚直なまでの誠実さには頭が下がる。エンディングも然り。『オールド・ボーイ』におけるような「驚きの」エンディングほどつまらないものはない。『ヴィレッジ』は2回見に行ったけれど、媚を売らない素直な驚きの演出に2回とも泣きそうになった。M.ナイト・シャマランはべつに愚かで真っ直ぐではないのだろう。愚直であることを選択し、売りにしているんだ。
『珈琲時光』・・・日本人による日本の描写は猥雑で否定的な印象をもたらす。飽ききった常套句。誰も別の側面を探ろうとは思わなかったのか?本作では肯定的な、人間味のある東京が描かれた。
『ジェリー』・・・ひと二人。舞台は砂漠。ミニマリズムなのかもしれないけれど、ぜんぜんそうは見えない。形式のミニマリズムは『エレファント』の方が上だし。『ジェリー』、やってしまった、ミニマリズム違い。なのだが、砂漠に迷いこんじゃったという「間違い」のお話の内容に、「間違い」の形式が合っていた。
『スパイダーマン2』・・・ピーター・パーカー/スパイダーマン (トビー・マグワイヤ)とMJ(キルスティン・ダンスト)とハリー・オズボーン(ジェームズ・ブランコ)の3人がいる。各キャラクターが他の二人をそれぞれの仕方で認識する。これを線で表せば、2×3(人)=6本の線ができるが、MJとオズボーンはピーターとスパイダーマンを別者と認識しているのだからプラス2で8つの認識が3人の間にはある。この8本は悲劇ではない。なによりもこれはシリーズものであり、ハリウッド映画であり、その中でもとりわけ能天気なアクション映画という部類に属するのであるから、いずれ8本が1本に、3本ではなく(!)、楽園のような1本になることは約束されている。いわば、成就が約束された夢の過程を観客は見る。『2』では8本が7本に減った。
『ドーン・オブ・ザ・デッド』・・・佳作や名作のいきを脱して傑作になるためには、決定的なショットを持っているか否かにつきる。地上でのせこせことしたゾンビ発生で物語が導入されるオープニングでのカー・クラッシュを唐突に上空からとらえた長ロング・ショットはすばらしく美しい。人間の狭い視野を遥かに越えたところで冷徹に事が拡散している様をまざまざと見せつけられるという、誘惑に似た衝撃的なショットだ。
『ドリーマーズ』・・・1968年を少しでも理解させてくれたので。
『マスター・アンド・コマンダー』・・・ひろびろとした海洋のうえにフルショットで艦がゆったりと立つ様には、本当にうっとりする。 男だけの映画という反時代的なこともよくやってのけたものだと思う。数秒だけ登場する女性とラッセル・クロウとの視線のやり取りは、物語世界での艦員と女との決別の意志のあらわれであると同時に、クロウが一つ高い次元の立場で(空間的にもクロウはこの女性のかなり上に立っている)、ユニバーサル配給139分ピーター・ウィアー監督の映画作品から女を排斥するという、極めて高度な演出だった。
『ミスティック・リバー』・・・クリント・イーストウッドはおそらく頭が悪い。ショットとショットの完璧でないかもしれない数百の繋ぎのずれが、鋭利な棘となって見る者の身体を通過する。
『息子のまなざし』・・・普遍化の試みはなく、観客への最大公約数的な提示もなく、ある任意の中年と少年がいて、ある一つの出来事だけがある。阿部和重は本作を「疑似ドキュメンタリー」と批判していたけれど、見誤っている。カメラが人称を持っていないから。
『16歳の合衆国』・・・『誰も知らない』(是枝裕和, 2004)に対する本作の優位は、空気が乾いているということ。アメリカと日本の天候の違いだから、こればっかりはしょうがない。映画にしても写真にしても、イメージの湿度は重要な要素だと思うのだが、本作は今年一番乾いていた映画。
と、書いているうちに新幹線の時間が。仮に明日見る映画が佳作、名作、傑作(!)だとしたら、それは来年のテン・ベストに入れることにしよう。