ダスクランド

 クッツェー1974年発表の処女作。メタフィクションの形式で書く人だから、文章に彼の真意をはかり切れないが、こんな一文がある。

野蛮とは、人間の生命の価値にたいする軽蔑と、他人の苦痛にたいする官能的な喜びにもとづく生き方のことだ。(p.192)

ノーベル賞の授賞理由でもある、「西洋文明の残酷な合理主義や見せかけのモラルを容赦なく批判する」とか、「無数の外観の中で部外者の驚くべき関与を描写する」という特徴が処女作からもろに出ている。ただ、文明の欺瞞とか野蛮とかのテーマには自分自身そんなに乗ってなくて(よくないことだが)、単に文体やナラティブや物語が美しいと思うから読んでいる。

記録もほとんどないのに、ぼくを解明しなければならないこの医者たちに、僕はただただ同情するばかりだ。彼らを手助けするために、ぼくは全力を尽くそう。しかし、ぼくは自分が患者であることを忘れはしない。患者が自分の症状の診断に、あまりにも積極的に関与するのはいきすぎなのだから。だから、ぼくたちがぼくの個人史の迷路をゆっくりと進んでいくときに、この先にはかならず光と生命と自由と栄光があるという小道の入口を、たとえぼくが見つけたとしても、ぼくはそれを発見した喜びで叫びたい気持ちをぐっとこらえるだろう。(p.98)

「だから」以降原文で。

So if, as we pick our slow way through the
labyrinth of my history, I spy an alley with all the
signs of light, life, freedom, and glory at the end
of it, I stifle my eager shouts and plod on after
the good blind doctors.

 客観的な描写ののちの唐突な心情吐露。断定文の後に自信なさげな推量文、とか、反語とか、疑問文。冗長な文が続いて突然たたみかけてくる短文の連続。非凡な文の後に紋切型の表現。それぞれ逆もあり。吸引されたり、突き放されたりと翻弄される感覚がたまらない。
Dusklands

Dusklands

id:vigo:20050301#p3 『エリザベス・コステロid:vigo:20050224#p1 "Youth" id:vigo:20041108#p2 『マイケル・K』 id:vigo:20041110#p2 『マイケル・K』(引用) id:vigo:20050116#p1 『敵あるいはフォー』 id:vigo:20050112#p1 『ロビンソン・クルーソー』(デ・フォー) id:vigo:20041231#p3 『石の女』 id:vigo:20041225#p3 『ダスクランド』