• 『ハインリヒ・ベル小品集』

 第二次世界大戦における兵役体験を基に書かれた短編集。戦場や実戦よりは街を舞台にした市民の話がほとんど。(戦時中なのだからあたりまえだけど)現実離れ、実生活離れした浮遊感がある。

左右に突然黒い巨大な瓦礫の山。弱々しい明かりのともる窓から得体の知れぬ騒ぎ声が迫ってくる。ふたたび黒土の畑があり、また家が続く。倒壊した屋敷などもあった。熱病的な興奮に加え、恐怖がだんだん深く心の中に入り込んできた。何かぞっとするようなものを感じたのだ。背後が暗くなり、目の前ではいつものとおり夕闇が濃くなっていく。背後が夜になった。わたしはその「夜」を遠く地平線のかなたへと引きずる。歩を進めるたびにそこは闇に変わった。何ひとつ見えなかったが、私には分かっていた。あの影を呼びさました恋人の墓から、自分は夜という無慈悲にだらりと垂れ下がった帆を引っ張り続けていることを。(p.82-83)

これは全体の中で比べたら硬い方かな。


ハインリヒ・ベル小品集

ハインリヒ・ベル小品集