ワインズバーグ・オハイオ

 短編22篇。始まりは正常で登場人物も特異な行動をするわけでもないのに、ヘンテコでグロテスクな印象を強く受けた。語られ方が、小説として大きく開かれているというよりは、暗く一人の読者に照らすような密通めいたところがあるせいだろうか。生身の人間の秘め事を自分ただ一人だけ知ってしまったかのような後ろめたさが生まれてきた。デイヴィッド・リンチと通じるという加藤幹郎の指摘も納得できる。

色恋ってのは、いわば木立の下草をそよがす夜風みたいなもんでね。そこはかとないのがいいんだよ。神の作りたもう人生の異変なんだから。何が何でもはっきりさせなきゃなっとくできないなんて思い込んで、なまじ木蔭に陣どったりなどすると、せっかく心地よい夜風の吹いていた場所も一転して思いもかけない焦燥地獄、キスでほてり柔らいだ唇にも、通りすがりの馬車のあびせる土埃がつもろうというもんだよ。(p.286)

ワインズバーグ・オハイオ (講談社文芸文庫)

ワインズバーグ・オハイオ (講談社文芸文庫)